「おはなしがいっぱい　８」掲載

１０月第1週　(世界聖餐日・世界宣教の日)　　「ダビデとゴリアト」

『主は救いを賜るのに剣や槍を必要とはされないことを、ここに集まったすべてのものは知るだろう。』　サムエル記上１７・４１〜５４

「お話をする前に」
　　ダビデは、今から三千年前のイスラエルの王さまです。三千年前といえば日本はまだ縄文時代の頃ですが、そんな昔の人物が、イスラエルの子孫であるユダヤの人々や、聖書に親しむ世界中の人々に、今なおヒーローとしていきいきと思い浮かべられているのです。
　羊飼いの少年であったダビデが、戦いの中で頭角をあらわし、しだいに多くの人々をまわりにひきつけ、やがて強大な王国を築くに至るストーリーは、聖書にくわしく記されています。おそらく、今のように書物の形にまとめられる以前から、イスラエルの人々の間で「われらのダビデ王さま」をめぐる多くのエピソードは、口から口へ語り伝えられてきたものでしょう。羊の番をして夜通し焚き火を囲む羊飼いたちが長い夜の楽しみとして、羊飼いの少年が巨人を倒した物語を語ったのかもしれません。歴代の王様たちの横暴に苦しむ人々が、自分の横暴の罪を告白して悔い改めた王ダビデを語ってうっぷんをはらしたのかもしれません。ダビデの物語は、誰もがよくなじんでいて、また何度くりかえし語っても喜ばれるネタであったことでしょう。
　そのようにして語り伝えられた物語は、やがて、いきいきとした語り口をそのままに文字に書き留められ、今日わたしたちが読むような聖書にまとめられました。サムエル記上の一六章以下、数十ページにわたって書き記されているこのダビデの物語を、ぜひ一度は自分で読んでみてください。
　さて、羊飼いから身を起こして覇者となったダビデは、あえてたとえるならば、モンゴル人にとってのチンギス・ハーン、フランス人にとってのナポレオンのような英雄でしょう。日本でいうなら太閤秀吉といったところでしょうか。これら英雄ともてはやされる人物が、民衆にとっては専制的な支配者であり、他国にとっては侵略者であったように、ダビデもまた数々の罪を犯した人間でした。にもかかわらず、聖書が物語るダビデの人格は、ゆたかな魅力にあふれています。
　聖書が伝えるダビデの人物像には、ただ単なる歴史的事実や信仰上の教訓が含まれているだけでなく、ダビデという傑出した人格によせられた、たくさんの人々の思いが重ねられているからで
しょう。
　これから何回か、聖書に記されたダビデの生涯を、いくつかのエピソードを通してたどっていきます。その際、ただダビデを偉大な人物としてたてまつったり、あるいは信仰上の教訓を引き出したりするのではなく、「ダビデの生涯を思い起こして語り合った人々の心」に思いをよせてみたいのです。ダビデの活躍を、心躍らせて語り継いだり、信仰に基づく批判の目でみつめたり、ダビデその人に対する敬愛の念をもって思い起こしたりした人々の心を、思いめぐらしてみましょう。
　

「お話の例」

　　羊飼いの男の子がいました。名前をダビデといいました。お父さんの手伝いをして、羊の群れを草原に連れて行ったり、水を飲ませたり、いっしょうけんめい世話をします。
　とても元気なダビデは、早く大きくなりたくてたまりませんでした。だって、大きくなれば、お父さんのように、狼やどろぼうから羊を守るために剣をもつことができるんです。剣をもっていると、なんて強そうで、かっこよくて、頼もしいんでしょう。ダビデもお父さんが羊を守るときのように、剣をもって振り回して、悪者をやっつけてみたいんです。ダビデももうずいぶん大きくなったつもりでした。もう、杖や鞭ならじょうずに使えるんです。でも、お父さんは、ダビデが剣を持つことを許してくれませんでした。
　あるとき、またダビデはお父さんにせがみました。
「おとうさん、ぼくにも剣をもたせてよ。そしたら、ぼくも悪いやつらをやっつけられるのに。」
　すると、お父さんは、こんなふうに話しはじめました。
「ダビデ、おまえの名前が、昔のダビデ王さまの名前と同じということは知っているね。
ダビデ王さまは、小さいときは、おまえみたいな羊飼いの男の子だった。羊をかわいがって守っていた。
　ところがその頃、となりの国のペリシテが攻めてきた。ものすごい大男のゴリアトを先頭にね。ゴリアトは、がんじょうなよろいを着て、大きな剣を腰にさげ、太くて長い槍をふりまわして、『かかって来い』とわめいた。ゴリアトがあんまり恐ろしかったので、ダビデの国の人々はみんな震えあがってしまって、だれもゴリアトと戦おうとしなかったんだ。
　でも、ダビデは怖がらなかった。王さまのところに行って、『ぼくがゴリアトと戦います』と言った。王さまはびっくりして、ダビデによろいやかぶと、そして剣を持たせようとしたが、ダビデは『いりません』って言ったんだ。そして杖と石投げのひもを持ち、小さな石ころを拾って、ゴリアトにむかって行った。ゴリアトは、笑った。そして怒った。そして『来い、おまえを獣のえさにしてやろう』とどなった。
　するとダビデは静かにこたえた。『おまえは剣や槍でむかってくるが、ぼくは神さまによっておまえに立ち向かう。神さまが助けてくださるとき、剣や槍などはいらない。』
　ゴリアトが襲いかかってくると、ダビデは小石をとりだして、石投げ紐をつかってなげつけた。石はゴリアトの額に食い込み、大男はズシンと倒れた。
　ダビデは、剣もなしに、ゴリアトをやっつけた。神さまが守ってくれると信じて。」
「さあ、ダビデ、」とお父さんが言いました。「おまえは、あのダビデのようになれるかな。剣もなしに、ゴリアトをやっつけた、羊飼いの男の子のように。」
　ダビデは、剣よりも、もっと強くて頼もしいものがあるんだな、と思って、なんだか不思議な気持ちがしました。

(久世そらち）