「おはなしがいっぱい ８」掲載
１０月第３週 「ダビデとヨナタンの友情」
『ヨナタンは彼を越えるように矢を射た。』 サムエル記上２０章
お話をする前に
ダビデをとりまく人間関係の中で、文句なしに感動的なのは、王子ヨナタンとの友情です。聖書の中でも、これほど純真な友情関係は他にはなかなか見ることができません。
サウル王の子であるヨナタンは、決して平凡な人物ではありませんでした。戦いには勇敢で、大胆かつ思慮深く、いきいきとした魅力にあふれ、ダビデとは好一対といえる若者だったのです。
しかし、彼らの友情が感動的なのは、ただ、二人が似合いの人物だったからというわけではありません。ヨナタンは、王子として、未来の王の地位にもっとも近いところにありました。王子であり、実力もあるヨナタンが王位を継ぐことに、ふつうならなんの問題もなかったでしょう。ところが、ここに大きな問題が生じます。ほかならぬダビデの登場です。ペリシテとの戦いの中で頭角を現したダビデの存在は、次第にサウルの王位をおびやかすまでになってしまうのです。やがてサウルはダビデを憎み、殺意を抱くようになります。そうなると、ヨナタンの立場はどうなるでしょう。ふつうなら、未来の自分の王位を守るために、父と共にダビデをしりぞけようとするでしょう。しかし、ヨナタンは違いました。心からダビデを尊敬し、また愛したヨナタンは、父よりも、自分の未来の王位よりも、友人ダビデを選んだのです。
ヨナタンはダビデとの間に友情の誓いを立てます。「父サウルがダビデに危害を加えようとしていても、ヨナタンはダビデの味方をする。そしてたとえヨナタンが死んだ後も、その子孫をダビデは守る」という誓いです（サムエル記上二十章十二〜一五節）。そして、ヨナタンはこの誓いを忠実にはたします。
ヨナタンはやがてペリシテとの戦いでサウルと共に戦死しますが、ダビデはヨナタンとの誓いを忘れませんでした。ダビデは、けっきょくサウル王家から王の位を奪うことになるのですが、その際、ヨナタンの遺児メフィボシェトを厚遇します（サムエル記下９章）。このメフィボシェトは、のちにダビデ王に対する王子アブサロムの反乱がおこったとき、不審な動きが伝えられるのですが、ダビデはあえて彼を処罰しませんでした（サムエル記下一六章、一九章）。「ヨナタンの子孫を守る」という誓いのゆえでした。
ヨナタンとダビデの友情は、たんに「好きである」「互いに気に入っている」という感情に基づくものではなく、「誓い」という約束によって確かにされ、また保持されたものでした。人格的な関係が、感情という不確かなものにではなく、確かな約束に基づいて規定されるのです。信仰という、神と人との人格的な関係もまた、感情の問題ではなく、神との約束によることがらであることを心にとめましょう。
「お話の例」
ヨセフは、まだ友だちがありませんでした。引っ越してきたばかりだったからです。近くにこどもは何人もいましたが、よそから来たヨセフにはなかなか声をかけてくれません。さびしいヨセフでした。
ヨセフは手で何かを作るのが好きでした。その日も、ひとりで外へ行き、木の枝をとってきて小さな弓矢を作ってみました。お母さんからもらったひもで弦をはり、力いっぱいひきしぼって矢を放つと、思いのほか遠くにとんでいきました。すると、うしろから声がしました。
「うわあ、じょうずだなあ！」
びっくりして振り返ると、同じくらいの年の男の子が立っていました。
「ねえ、その弓矢、ちょっと貸してよ。」
黙って弓矢を手渡すと、その子はヨセフのように矢を放ちました。矢は、ヨセフの矢より少し手前に落ちました。その子は弓を返しながらいいました。
「ぼくはヨナタン。君は？」
一緒に遊んでいるうちに、二人はたちまち仲良くなりました。暗くなってきて帰るときになると、ヨナタンは急に真剣な顔になっていいました。
「ねえ、ぼくたち、友だちになろう。親友になるって約束しようよ。きっと約束は守るよ。ぼくはヨナタンだし、弓矢もあるんだもの。」
ヨセフが、何のことだかわからずにきょとんとしていると、ヨナタンが教えてくれました。 「ダビデ王さまの友だちだったヨナタン王子のことを知らないのかい。
あのね、ダビデがまだ王さまになる前、そのころ王さまだったサウル王に憎まれて殺されそうになった。ところが、サウルの息子のヨナタン王子はダビデの友だちだった。ヨナタンは、ダビデに約束したんだ。『お父さんが君のことをほんとうに殺そうと思っているのかどうか、確かめてみよう。そして、もしお父さんが君を憎んでいたとしても、ぼくは君を守ってあげよう』。二人は、何があっても互いに守るとしっかり親友の約束をしたんだ。
翌日、ヨナタンは、サウル王が本気でダビデを殺そうと思っていることを知った。そこで、ダビデが隠れている野原に行って矢を放ち、家来にその矢を拾いにいかせた。家来が走りだすと、ヨナタンは、その頭の上をこすように矢を放ち、「もっと先だぞ、早くしろ、急げ！」とどなった。これは、ダビデと決めた暗号だった。もっと遠くへいけ、早く、急いで逃げろ、という意味だったんだ。こうしてヨナタンは、ダビデをサウル王の手から守ったんだ。」
ヨセフは、うなずきました。そして、自分の造った弓矢を、ヨナタンの手にもたせました。
「ありがとう。ぼくも、ヨナタン王子みたいな友だちになりたい。」
二人はしっかり握手をして、いっしょに祈りました。
「神さま、二人は友だちになります。どうか、この約束を守れますように」と。
(久世そらち）