「おはなしがいっぱい １2」掲載
5月第５週 「『成長する種』のたとえ」
『種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。』マルコによる福音書４・２６〜２９
「お話をする前に」
マルコによる福音書は、イエス・キリストの活動の開始を「時は満ち、神の国は近づいた」ということばと共に記しています（一章一五節）。「神の国」ということばは、言わばイエスの教えのエッセンスとしてここに掲げられているのです。
では、「神の国」とはいったい何のことでしょう。この世を離れたどこかにある「あの世」のことでしょうか。死んでから魂が行く「天国」あるいは「極楽」のような場所でしょうか。それとも、この世界の中にいつか実現する理想的な状態、もしくは、そういう場所のことでしょうか。
「神の国」は、原文を直訳すると「神の王国」となります。つまり、神さまが王として人々を支配するという意味なのです。人は神さまを主人と認め、この世のすべてが神さまの意志のとおりに動かされる、そういう状態が「神の国」と言い表されているのです。「神の国」とは「神の支配」のことであると説明されることもあります。
それは、たとえば、先に挙げた「この世にいつか実現する理想的状態」ということも含むかもしれません。あるいは、すでに死んでこの世を去った者にとっては、「神の国」とは神と共に永遠に生きることであり、いわゆる「天国」のイメージもあながち間違いではないと言えるかもしれません。
しかし、さらにだいじなのは、今を生きる「わたし」が、「自分は神の支配のもとに生きる者だ」「私の主人、支配者は、他の誰でもない、神さまご自身だ」と信じ、自覚し、生きることではないでしょうか。そういう人の「生き方」に、「神の国」つまり神の支配は現われていくのです。イエス・キリストは「神の国は近づいた」と教えました。それは、苦しい人生を生きている人々には、「あなたの人生は、それでも神さまが支配し、はからってくださるのだ」「あなたの本当の主人は、金持ちの地主でも、神殿の大祭司でも、ローマの皇帝でもなく、愛の神さまのほかにはいないのだ」という希望のメッセージとして響いたことでしょう。
福音書には、この「神の国」についての教えやたとえ話がいくつも記されていますが、その中でもこのマルコ四章二六節以下のたとえはユニークです。神さまの支配は、人間があくせく努力することによってもたらされるのではなく、神ご自身の力によって、人の気づかないうちにいつのまにか実現に近づいていく、というのです。ここには、すでにこの世を支配し始めておられる全能の神に対するおおらかな信頼があります。このような信頼を自分のものとすることじたい、神の支配が心の中で始まっている、といえないでしょうか。
「お話の例」
「はーい、では、みんなに種を分けますよ。」
先生が、袋から種をとりだして、みんなに配ってくれました。毎年、幼稚園の裏に、先生たちが小さな畑を作ってくれます。そこにこどもたちが種をまいていくのです。先生がしるしをつけたところに、指で土に穴をあけ、その中に種を入れて土で埋めていきます。
「この種が大きくなるんだよね。うわあ、楽しみだなあ。早く芽をだして、大きくなって、実がなったらいいなあ」とゆうちゃんが言いました。「たっぷりお水をあげたら、明日は芽がでるかな。それから毎日、お水をあげたり、がんばれって言ってあげたりしたら、どんどん大きくなって、すぐに食べられるようになるかも！」とはりきっています。
それから、ゆうちゃんは、次の日も、その次の日も、毎日毎日畑を見に来ました。自分が種をまいたあたりに、お水をくんできてかけてあげたり、「ゆうちゃんの種、がんばれ！ 早く大きくなるんだよ」と声をかけたりしていました。
やがて、畑に緑の芽が出てきました。ゆうちゃんの種も芽を出しました。だんだん春から夏に暖かくなってくるにつれて、芽もぐんぐん育っていきます。茎もだんだん太くなり、やがて、高さもゆうちゃんに追いつきそうです。ゆうちゃんは、まだ毎日のように畑に見に行っています。「早く大きくなあれ、早く実がなあれ」と楽しみですが、でもまだ実はなりません。
ところが、ゆうちゃんは、たいへんなことに気がつきました。もうすぐ夏休みになってしまうのです。休みになったら、何日も何日も、畑を見に行くことができません。ゆうちゃんは、心配で心配でしかたありません。
とうとう、ゆうちゃんは、先生に相談しました。「あのね、ゆうちゃんが畑に見に行ってあげて、お水をあげて、がんばれって言わないと、せっかくまいたゆうちゃんの種、大きな実にならないかもしれない！」
すると、先生は、にっこりして言いました。
「ゆうちゃんは、あの種をとってもだいじにしてくれてるのね。でも、大丈夫、心配しないで。ゆうちゃんのだいじな種は、きっと神さまが育ててくださるわよ。」
夏休みが終わって幼稚園が始まると、ゆうちゃんはいちばんに畑にかけつけました。すると、そこにはゆうちゃんが見上げるほどりっぱに育ったトウモロコシが林のように並んでいたのです。太い緑の茎のてっぺんには冠のように穂が開いています。葉っぱのつけねを探すと、うす緑の皮に包まれたぷっくり太った実がいっぱいついています。ゆうちゃんの種も、いっしょにまかれたほかの種も、同じように、いつのまにかこんなに大きく育っていたのです。
「ゆうちゃんが見に来てなくても、元気に大きくなってたんだね」。ゆうちゃんは、なんだか不思議になりました。ゆうちゃんがいなくても、ちゃんと神さまが種を大きく育ててくれたんです。そう思うと、ゆうちゃんは、なんだかほっとうれしい気持ちになったのでした。
(久世そらち）