「おはなしがいっぱい　７」　掲載

4月第４週　　「わたしを愛するか」

　『ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。』 　ヨハネ21・15〜19

「解説」
　キリストの十二弟子の筆頭に数えられるシモン・ペトロが、イエスが逮捕されたときに関わりあいになるのを恐れ、イエスのことを尋ねられても三度「わたしは知らない」と言って逃げたことは、四つの福音書すべてに記されています。四つの福音書すべてに共通して書きとめられているエピソードは、実は意外なほど少ししかありません。ですから、「ペトロの否認」といわれるこのできごとが、どれほど重大なこととして伝えられていたか、よくわかります。
　ヨハネ福音書の十三章三七節以下に、次のように記されています。

　　ペトロは言った。「主よ、なぜ今ついて行けないのですか。あなたのためなら命を捨てます。」　イエスは答えられた。「わたしのために命を捨てると言うのか。はっきり言っておく。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしのことを知らないというだろう。」

　二一章十五節以下のイエスとペトロのやりとりは、これを踏まえたものです。かつて「あなたのために命を捨てます」と言った舌の根も乾かぬうちに三度それを裏切ったペトロに対し、よみがえったイエスは三度「わたしを愛しているか」と尋ねます。けれどもそれは、ペトロのおかした過ちをくりかえしとがめ、しつこく責めているのではありません。むしろ、ペトロの罪の過去を承知の上で、あえてそのことを踏まえて「わたしの羊を飼いなさい」と、新しい使命を与えているのです。ペトロが、これからどのように生きるべきか、生きる道を示されたのです。
　「あんな人など知らない」と言って見捨てた、ということは、ゆるされるはずのない裏切りであり、つぐなうことのできない罪です。弟子にも見捨てられて、イエスは十字架のむごたらしい死への道をひとりたどったのでした。
　そのイエスが復活したのです。復活したイエスは、弟子の裏切りを恨み、その罪に対して罰を与えることをしませんでした。かえって「羊を飼う」、つまり教会を導くという新しい使命を与えたのでした。
　教会は、このようにして始まったのです。教会が、ペトロの三度の裏切りを忘れずに語り伝えたのは、そのペトロをゆるして新しく生かしてくださったイエス・キリストのわざを伝えるためでした。罪を負うものがキリストによってゆるされ生かされるのだ、だから教会があるのだと、語り伝えたのです。
　「罪を負うものが、なおゆるされて生かされる」、このメッセージがわたしたちを励まします。欠けがあり、失敗をくりかえし、とんでもないあやまちを犯した者が、なお、キリストのために働くことをゆるされ、生きる道を示されるのです。キリストのゆるしを信じ、くじけないで歩んでいきましょう。

「説教例」

　―みんなが集まると、ペトロおじいさんが席につきました。ペトロおじいさんは、しばらく目をつぶって何か思い巡らしているようでしたが、やがて口を開いて話し始めました―

　よみがえったイエスさまが、わたしたちに姿を現わし、パンと魚をわけて食べさせてくださったとき、わたしたちは、もう胸がいっぱいになって、何も言わず、ただイエスさまを見つめてた。すると、突然、イエスさまがわたしにおっしゃった。
　「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか」
　「もちろんです、イエスさま、あなたを何より愛しています、あなたのためなら命も捨てます！」と答えようとして、わたしははっと口を押さえた。
　ほんのしばらく前、同じことを口にしたわたしだった。「あなたのためなら命も捨てます」と。そのときイエスさまは、静かに「鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしのことを知らないというだろう」とおっしゃった。そして確かにその通り、その夜、イエスさまが捕まえられたとき、わたしは恐くて逃げてしまい、誰かに「あなたは、あのイエスの仲間でしょう」と言われて思わず「あんな人は知らない」と言ってしまった。それも三度。
　そのときのことを思い出すと、「わたしを愛しているか」と聞かれたとき、なんとお答えしていいかわからなかった。やっとのことで、ぼそぼそと「わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と答えた。すると、イエスさまはおっしゃった、「わたしの羊を飼いなさい」と。
　一息おいて、イエスさまはまた言われた、「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか」。
　ああ、イエスさまは、わたしがあのとき、イエスさまのことを知らないと言って逃げたことを、忘れてはいない。イエスさまは、ひどい目にあわされ、十字架にかけられ、殺されてしまった。どんなにつらく、痛く、悲しく、苦しかっただろう。そのとき、わたしは、イエスさまを｢知らない｣と、見捨てて逃げてしまったのだ。どんなにあやまっても、ゆるしてもらえることではない。心がずきずきして、「イエスさま、あなたがご存じです」と、答えるのもつらかった。
　ところがイエスさまは、また「わたしの羊の世話をしなさい」といってから、三度目に、「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか」と尋ねた。
　もう、がまんできなかった。「イエスさま、あなたは何もかもご存じです…」と、つぶやいたときには涙でイエスさまの顔も見えなかった。あなたはみんな知っています、わたしがどんなにひどいことをしたか、わたしがどんなに愚かで、弱い、情けないものなのか、そんな自分をどんなに悲しく思っているか、そして、それでもイエスさまのことをどんなに大切に思っているか…。
　イエスさまの声が聞こえた、「わたしの羊を飼いなさい」と。そして静かに力強く、「わたしに従いなさい」とおっしゃった、「わたしについてきなさい」と。
　そんなふうに、イエスさまは、このわたしを、もう一度弟子にしてくださった。イエスさまのために働くものにしてくださった。だから、わたしは今、こうしてみんなの前にいるのだよ。

―ペトロおじいさんが話し終わると、みんなは深くうなずいたのでした―　

（久世そらち）